小さなサロンの、でっかい挑戦。 ~失敗から生まれた僕の働き方~
Salons Blog
第5話 潰れたくても、潰れない美容室
前回の話で、僕には2つの道が見えてきた。
そのうちのひとつが、
「自宅に美容室をつくる」
という道だった。
こう書くと、「家を建てるときから、美容室をつくる予定だったんですか?」と聞かれることがある。
答えは、まったくの逆。
そんなつもりは、1ミリもなかった。
むしろ、この家で美容室なんて難しいと思っていた。
駅から徒歩25分。しかも山の上
僕の家は、最寄り駅から徒歩25分。
しかも、ただ25分歩くんじゃない。
山を登る。
美容室といえば駅近。
人通りがあって、目立つ場所にあって、アクセスが良い。
当時の僕も、そう思っていた。
だから家を買ったとき、この場所で美容室をやるなんて考えもしなかった。
潰れたくても、潰れない美容室
家を購入して3年ほど経った頃、僕は原宿でのサロン経営に苦しんでいた。
これまでにも書いてきたけれど、集客、人材確保、高い家賃。
スタッフを雇えば人件費がかかる。
売上が下がっても、家賃は待ってくれない。
そして、スポンサーとの契約解除。
うまくいかないことが重なっていた。
もがいて、悩んで、
「美容室って、なんでこんなにリスクが高いんだろう」
と考えるようになった。
そんなときだった。
ふと、一本の道が見えた。
これだ!
自宅の一部屋を、美容室にすればいい。
自宅なら、新たな家賃はかからない。
従業員は妻だけ。
妻が使わない時間は、子育て中のママ美容師などに場所をシェアすれば、副収入にもなる。
もしその日、お客様が一人も来なかったら?
電気をつけなければいい。
ガスも使わない。
材料も減らない。
人件費もほとんどかからない。
逆に、一人でもお客様が来れば利益が出る。
つまり、
転びたくても、転べない。
潰れたくても、潰れようがない美容室。
これならできる。
山の上でも、勝てる
もちろん問題はある。
駅から遠い。
かなり遠い。
しかも、山の上だ。
でも僕には、ひとつ勝算があった。
妻は表参道の有名サロン出身。
僕も表参道、青山、原宿という美容の激戦区で美容師を続けてきた。
だったら、それ自体をこの地域でのブランディングにすればいい。
「駅から遠い美容室」ではなく、
「山を登ってでも、一度行ってみたい美容室」
にすればいい。
それに、この辺りは車で生活する人も多い。
駅から徒歩3分だけど駐車場のない美容室より、駅から車で7分で行ける美容室の方が便利な人だっている。
そう考えると、駅前だけが商圏じゃない。
住宅街そのものが商圏なんだ。
わざわざ高い家賃を払って、駅前の美容室と真正面から戦う必要なんてない。
「新百合ヶ丘 美容室」で検索してみた
次にやったのは、競合分析だった。
「新百合ヶ丘 美容室」
検索。
もちろんHOT PEPPER Beautyは出てくる。
大手美容室のホームページも、いくつか出てくる。
でも、それ以外は驚くほど少なかった。
自社のホームページをきちんと作っている地域の美容室が、ほとんど検索に出てこない。
やっぱり。
勝てる!
そう思った。
僕が狙ったのは、「子連れで行ける美容室」「完全個室美容室」「新百合ヶ丘 美容室」といった検索だった。
ちゃんとホームページを作って、検索エンジンで見つけてもらえるようにすれば、駅から離れていても集客できる。
僕には、その確信があった。
そして、以前書いた“ホームページ制作のしくじり”からの学びどおり、今回はホームページも自分で作った。
※その “しくじり” については、こちらの記事で書いています。
https://www.thesalons.co/2025/11/24/1746/
失敗から学んだことは、ちゃんと次で使う。
少しずつだけど、僕も成長していた。(笑)
◆ 最大の壁は、妻だった
よし。
これなら妻も安心して賛成してくれるだろう。
そう思ったある晩、意を決して妻に話した。
「家の一部屋、美容室にしない?」
妻の答えは早かった。
反対。
いや、
大反対。
「こんな山の上に、お客さんが来るわけないでしょ」
「お金をかけて一部屋潰して、お客さんが来なかったらどうするの?」
「私は子育てが落ち着いたら、駅の近くの美容室でパートするから大丈夫」
まあ……
そう思うよね。
今考えても、妻の言っていることはすごくまともだ。
でも僕は、どうしてもそれだけは嫌だった。
妻が美容師に戻るなら、どこかの美容室でパートするのではなく、自分の力で美容師をしてほしかった。
言い方は少し悪いかもしれないけれど、これまでサロン経営をしてきた僕からすると、妻がどこかのサロンオーナーのもとで働いて、自分が生み出した売上の一部だけを給料として受け取る働き方には、どうしても抵抗があった。
同じ美容師なら、できる限り自分の力が自分に返ってくる環境をつくってあげたかった。
そして僕の中には、ひとつの勝手なミッションが生まれていた。
妻を美容師に復帰させる。
そして、
駅前のパートママ美容師よりも稼ぐ、カリスマママ美容師にする。
もちろん、この時点では妻本人はそんなこと、一言も言っていない。
完全に僕一人のミッションだ。
妻を説得すること、3年
そこから僕は、妻を説得し続けた。
1ヶ月。
半年。
1年。
2年。
そして……
3年。
3年かかった。
妻よ。
あなたも、なかなか強い。
住宅街で見つけた一軒の美容室
そんなある日、二人で子どもの幼稚園のお迎えに歩いていたときだった。
住宅街の中に、ポツンと美容室があった。
僕たちは何度もその道を歩いていたはずなのに、それまで気づかなかった。
妻が言った。
「へえ〜、こんなところに美容室あったんだ」
よく見ると、最近オープンしたような新しい店ではない。
看板にも、なかなかの年季が入っている。
僕はその場ですぐ検索した。
ホームページは、ない。
その瞬間、僕は思った。
これだ!
「ホームページがなくても、こんな住宅街で長く美容室を続けられてるんだね。
やっぱり需要あるんだよ」
そして僕は、以前、川畑タケルさんが七里ヶ浜にサロンを出す際に話していた言葉を思い出した。
それを、さも自分が考えたかのように熱く妻に語った。(笑)
「どこのエリアにも人は住んでるし、その住民全員の髪を一人で担当できるわけじゃない。
そのうちの200人だけがお客様になってくれれば十分なんだよ!」
すると妻が、
「……ありかもね」
……
釣れた!
僕の中で、ゴングが鳴った。
次の日、日本政策金融公庫へ
そして次の日。
僕は日本政策金融公庫へ向かった。
本当に、次の日だ。
だって、また妻の考えが変わるかもしれない。
3年待ったんだ。
ここで「もう少し考えよう」なんて選択肢はない。
幸い、僕はいつOKが出ても動けるように、内装業者、美容機材業者、ディーラーなど、必要な準備は少しずつ進めていた。
あとは、お金を借りるだけ。
……と、この時の僕は思っていた。
しくじり①自信はある、でも根拠がない
3年間、妻を説得した。
競合も調べた。
集客方法も考えた。
勝算もある。
僕の頭の中では、もう成功していた。
絶対、お客さんは呼べる!
単価も高い!
……はず。
返済もできます!
……多分。
利益も出る!
……で、あろう。
今思えば、
自信だけは満額融資だった。
ところが、それを「事業計画書」という紙の上に数字で落とし込もうとした瞬間、僕の手が止まった。
売上はいくら?
その根拠は?
何人来る?
客単価は?
材料費は?
返済したあと、いくら利益が残る?
……
お客さんは来る。
絶対来る。
と思う。
でも、それを数字で説明しろと言われると、急に弱い。
公庫の担当者も、きっと心の中では思っていたはずだ。
「この人……本当に大丈夫か?」
まあ、僕が担当者でも思う。(笑)
そして、この時初めて気づいた。
「美容師として店を作る技術」と、
「経営者としてお金を借りる技術」は、全然別物だった。
美容師として何年経験があっても、たくさんのお客様を担当していても、「絶対お客様は来ます!」「絶対返せます!」だけでは事業計画にはならない。
自信を、数字に変える。
僕に足りなかったのは、そこだった。
美容師は、経営者になる勉強をしていない
今になって思う。
これは、当時の僕だけじゃないと思う。
美容師は、髪を切ることは教わる。
カラーも教わる。
接客も教わる。
売上の上げ方だって教わる。
でも、
独立するときのお金の借り方は、誰が教えてくれるんだろう。
事業計画書の書き方。
資金計画の立て方。
融資を受けるための準備。
美容師から経営者になった瞬間、突然必要になることなのに、僕は何ひとつ知らなかった。
だから今、THE SALONSでは、これからオーナーになる美容師や、すでにオーナーとして挑戦している美容師に向けて、事業計画や融資など「お金」について学ぶ機会もつくっている。
あの頃の僕みたいに、
「美容師としては準備できている。
でも、経営者になる準備はできていない。」
そんな状態のまま独立して、僕と同じような“しくじり”をしてほしくないから。
僕が昔しくじったことが、今、誰かがしくじらないための材料になっている。
そう思えば、失敗もそんなに悪くない。
「ちょっと待った」は、もう言わせない
そんなこんなはあったものの、融資は無事に決まった。
そこからは早かった。
内装、美容機材、材料。
必要なものを揃えて、一気に準備を進めた。
3年間待ったんだ。
「ちょっと待った」は、もう言わせない。(笑)
もちろん、本当にお客様が来る保証なんてない。
だから決めていた。
まずはネット集客。
それでダメならポスティング。
それでもダメなら、一番近くのスーパーに頭を下げて、入口でビラを配らせてもらう。
何でもやる。
何としてでも、この店を軌道に乗せる。
そして、妻を美容師としてもう一度輝かせる。
それが、このサロンをつくるときの僕の最大のミッションだった。
こうして、駅から徒歩25分。
山の上の住宅街に、僕たちの小さな美容室が生まれた。
しくじり②車で来てほしい、でも駐車場はない
そして、自宅サロンを始めた頃の僕には、もうひとつ大きな“しくじり”がある。
駐車場を借りなかったことだ。
理由は単純。
経費をかけたくなかった。
せっかく家賃のかからない美容室をつくったんだから、固定費はとことん抑えたい。
駐車場を借りれば、当然毎月お金がかかる。
だったら、
「まあ、みんな適当に停めてくるでしょ」
くらいに思っていた。
近くにはスーパーもある。
目の前には公園もある。
路駐でも、まあ平気でしょ。
そんな感じだった。
……
今考えると、なかなかすごい経営判断である。(笑)
しかも僕は、この店をつくる前に、
「この地域は車で生活する人が多い」
「駅前じゃなくても、車で来られる美容室なら需要がある」
と分析していた。
なのに、
駐車場がない。
何をやっているんだ、俺は。(笑)
当時の僕は、駐車場代という毎月の固定費を増やしたくなかった。
経費を抑えることが、正しい経営だと思っていた。
その後、少しずつ売上が伸び、ようやく近くに駐車場を借りた。
すると――
毎月の新規予約が、約3倍になった。
…… え?
駐車場って、そんなに大事だったの?
いや。
考えれば分かる。
初めて行く美容室。
駅から遠い。
車で行こう。
でも、駐車場がない。
「どこに停めればいいんだろう?」
「面倒だな」
「じゃあ、違う美容室にしよう」
僕が知らないところで、そんなお客様がたくさんいたんだと思う。
つまり僕は、経費を数万円抑えるために、それ以上の売上を何ヶ月も逃していた。
もったいない。
本当に、もったいない。
ここでも、ひとつ学んだ。
経費は、安ければ安いほどいいわけじゃない。
削るべき経費もあれば、売上をつくるためにかけるべき経費もある。
大事なのは、
「いくらかかるか」ではなく、
「そのお金が、何を生むのか」。
固定費を抑えることと、必要な投資まで削ることは、まったく違った。
いやー……
最初から駐車場、借りておけばよかった。
ここからが、本当の答え合わせ
こうして、山の上の小さな美容室が始まった。
駅から徒歩25分。
妻には3年間反対され、事業計画書では自分の経営者としての未熟さを知り、駐車場代をケチって新規のお客様を逃した。
……
相変わらず、順調にしくじっている。(笑)
でも、ここまではまだ「美容室をつくるまで」と「つくった直後」の話。
僕が本当に知りたかったのは、その先だった。
駅から遠い美容室でも、本当にお客様は来るのか。
ネット集客は、本当に通用するのか。
完全個室という環境は、お客様にどう受け入れられるのか。
そして妻は本当に美容師として復帰し、僕が勝手に掲げた、
「カリスマママ美容師にする」
というミッションは、どうなったのか。
そして何より、
「潰れたくても、潰れない美容室」
という僕の仮説は、本当に正しかったのか。
ここから、いよいよ答え合わせが始まる。
理想でも、事業計画書でもない。
実際に自宅サロンをやってみて、何が起きたのか。
その話は、また次回。