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小さなサロンの、でっかい挑戦。 ~失敗から生まれた僕の働き方~ 第4話 2つの道と、フリーランス美容師の限界 vol.28

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ちょうどこの頃から、
僕の前には 2つの道 がはっきりと見え始めていた。

1つは、
フリーランス美容師としての限界を感じながら、
「自分の城=自分のサロンを持つ」道。

もう1つは、
これまでの自分の失敗体験を、
これからの美容師には絶対にさせたくない。
美容業界そのものを、根本から変えていく道。

どちらも、
僕にとっては本気の選択だった。
まずは、
1つ目の道から話したい。

◆ フリーランス美容師という言葉が広がり始めた頃

僕がフリーランス美容師になって
1年、2年が経った頃。
「面貸し美容師」という言葉は、
いつの間にか
「フリーランス美容師」と呼ばれるようになっていた。

世の中の流れは、
確実に変わろうとしていた。
でも、僕はその時すでに
5年後、10年後を見ていた。

なぜなら、
フリーランス美容師が集まる
シェアサロンという環境そのものに、
見過ごせない違和感を感じ始めていたからだ。

◆ シェアサロンのリアルな日常


ある日、
僕の隣の席で突然、こんな声が響いた。

「どうも!こんにちは〜!
○○美容師のYouTubeチャンネルです!」
……YouTubeの撮影が始まった。

また別の日には、
隣の席の美容師が、お客様にこう言っていた。
「このパーマ液、日本一いいパーマ液なんですよ」

すると、
僕のお客様が、何気なく聞いてくる。
「高原さんのパーマ液は、日本で何番目にいいんですか?」
僕は笑って答えた。
「僕のは、宇宙一ですよ〜(笑)」

冗談のようなやり取りだけど、
内心はかなり複雑だった。

◆ “美容師”ではなく、“環境”に振り回される感覚

ある日、
お客様からこんなことを言われた。
「田中美香ちゃん来たでしょ?
高原さんを紹介したんだけど」
……来てない。

調べてみると、
その方はシェアサロンの
ホットペッパー経由で予約をし、
別のフリーランス美容師が担当していた。

僕はホットペッパーに掲載していなかったから、
探してもらえなかった。
後から分かったのだが、
こうした“すれ違い”が
10人以上あったらしい。

もちろん、
「美容室」ではなく
「美容師」を紹介してもらうように
伝えてこなかった僕の責任でもある。

それでも、
強烈な違和感が残った。

◆ この空間で、いつまでできる?

思った。
この空間で、
いつまで仕事ができるんだろう。

僕も歳をとる。
お客様も歳をとる。
これからも
シェアサロンには若い美容師が
どんどん入ってくる。

その中で、
長年通ってくれているお客様は、
本当にリラックスできるのだろうか。
美容師は、
それぞれ大切にしているものがある。

空間。
距離感。
静けさ。
価値観。

もちろん、
僕にも譲れないものがあった。
ここでは、
限界がある。

◆ 自分の城を持たなければ、先はない

はっきり思った。
「自分の城を持たないと、
この先は厳しい」

次こそは、
自力で原宿にサロンを出すのか。
……いや、郊外か?
でも、
0から出店?

考えろ。
考えろ、高原。

◆ 美容室経営の“答え合わせ”

これまでの失敗で、
僕は嫌というほど学んできた。
美容室経営で
一番お金がかかるのは 人件費。

次に 家賃、
そして 材料費。
じゃあ、
どうすれば潰れない美容室を作れる?

倒れたくても倒れない。
潰れようがない美容室。

……その時、
頭に浮かんだ答えは、ひとつだった。

◆ 自宅サロンだ。

この選択が、
やがて Hapill ouchi salon へと
つながっていく。

そして同時に、
もう1つの道──
「仕組みを作る側に回る」という決意
にも、少しずつ近づいていく。

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